心理学ブロガーのチラシ裏

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謝罪の仕方を知らない恥ずかしい大人たち

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つい最近、友人がちょっとしたトラブルに巻き込まれました。
なんでも相手の勝手な被害妄想に巻き込まれ「ストーカー行為をするのはやめて下さい」と謂れのない誹謗中傷を受けたようです。
これに腹を立てた友人が私に相談し、被害妄想女子A子、それから直接「ストーカー行為をやめて下さい」と言ってきたA子の勤め先店長と話し合いをしました。

その結果今回の件は100%相手方に非がある話なので非を認めさせるまでは行ったのですが、そこからの謝罪についてかなり思うところがあったので『社会人の謝罪とはどういうものか?』という話をテーマに語っていきたいと思います。

事の経緯

今回私が『なんだかなぁ~』と思ったのは某大手コーヒーチェーンの店長。
友人の話だと年齢は35歳くらいとのことで、少なくとも社会に出たてということはなさそうです。
もっとも雇われのアルバイト店長でしょうから、立派な社会人経験があるとも言えないでしょうが。。。

それで今回の話はA子の勘違いから始まり、ストーカー被害を受けてるかもしれないとA子から話を聞いていた店長が、ただの常連客でしかなかった私の友人を批難してきたのが事の始まり。
結局のところストーカー被害はただの勘違いで、お店を閉めてA子が帰るタイミングと友人の帰宅サイクルが被っていたから、A子が『出待ちされている』と勘違いしていたようです。

ここまではまあ相手の言い分もわからなくもない。
また裏取りをせずに私の友人を批難してきたところは反省ポイントですが、そういった相談を受けてスタッフを守るために行動した店長の行為を責める気もありません。
・・・が、問題なのはその事後対応です。

社会人の謝罪とは

社会人の謝罪は義務教育時代のように「ごめんなさい」と言えば「はい解決!」なんて生易しいものではありません。
言葉での謝罪は当然として、事後対応も求められます

たとえば産地を偽ったり、賞味期限が切れてる商品のラベルを剥がして使い回したりする悪徳企業の不正を告発するニュースが流れたとします。
当然、世間はこの悪徳企業をバッシングし、悪徳企業は謝罪会見を開きます。
ここまでが義務教育でもやる『言葉での謝罪フェーズ』です。

しかし社会人の謝罪はこれだけで終わりませんよね?
既に店頭に卸した商品を自主回収し、購入者には返金(場合によっては謝罪料も含む)対応をし、それから再発防止策など事後処理を以って謝罪とします。
言葉で謝って許されるのなら正に『やったもの勝ち』ですから、これぐらいの対応は当然です。

謝罪が出来ない社会人(笑)

このように謝罪というのは言葉だけでなく事後処理をすることも含むのですが、なぜかこの店長は非を認めたにも関わらず事後処理を断りました。
今回の件に関して私の友人が要求したものは『ソチラの誤解だったということを店舗スタッフに周知し、今後私が店舗を利用しても不利益がないように注意喚起してほしい』という至って穏当なもの。

にも関わらず要求を断っておいて「私は謝罪しました」などとトンチンカンな事を言うのですから『こいつは義務教育を終えてからの20年ほどで何を学んだんだ?』と心底呆れてしまいました。
もちろん友人はそんな誠意の無い態度に激おこで、本部にクレームを入れておりました笑

 

言い訳と正当な理由の境界線は?

さらに酷いのが自己正当化です。
当初話し合いは相手の謝罪と釈明ということでスタートしたのですが

「俺はこういった相談をされてて、誤解させるような行動をキミ(私の友人)がしてたんだから俺(店長)が誤解するのも仕方ないだろう?」

といった態度で言い訳を並べ始めます。
(ここまでストレートな言葉ではありませんでしたが要約するとこんな感じです)

もちろん私も店長の立場だったら勘違いしたかもしれないので、間違えたことについて強く言うつもりはありませんが、この自己正当化は見過ごせません。
私が「それはただの言い訳ですよね?」と言っても、店長は自分の発言が言い訳だとわかっていない様子でした。

では、そもそも正当な理由と言い訳の境界線はどこにあるのでしょうか?
私は三者から見て物的証拠があるかどうかだと思っています。

今回の例で言うとストーカー被害が実在しており、その証拠として防犯カメラの映像があるなどした場合は正当な理由でしょう。
しかしそうでないならば、どのような理由であれ自分の行動理由を説明するのは言い訳になります。
なので勘違いで行動してしまったのなら、相手から「どうしてそんな行動を取ったんだ?」と理由を聞かれない限り話すべき事柄ではないでしょう。

最後に

今回の件を受けて「無学のまま歳を取りたくないなぁ」と改めて思いました。
つい最近も友人から「敬語って使わなくちゃいけないものなんですかね?」って話を受け「敬語は相手を敬うから使うものであって、たとえ年上であっても相手から学ぶものが何もないなら使う必要なんてないよ」と答えを返したばかりです。

こんなこと言っておきながらブーメランになったら相当かっこ悪いので、私はこんな恥ずかしい大人にならないよう気をつけたいなと思った所存です。(もちろん誰に対しても敬語を使うことで荒波を立てないなどのメリットがあることは理解しておりますよ!)